令和の世になった今もなお、世界中の人々から支持される黒澤明監督。

今では巨匠といわれる多くの映画監督たちも、黒澤明監督に影響されてきました。

この記事では、黒澤明監督に影響を受けた世界の名監督たちをご紹介します。

 

黒澤明監督に影響を受けた世界の名監督たち

 

数々の名作を残し、またその独特の作品群から、多くのファンを擁する黒澤明監督は、世界で一番有名な日本人の監督の一人ですが、その作品の中で代表作として挙げられるのが『七人の侍』です。

彼の作品には、業界関係者のファンも多く、取り分け、同業者である映画監督からの評価は極めて高いものとなっています。

ここでは、映画界の巨匠たちがどのように黒澤作品を愛し、またどのような形で黒澤監督と繋がっているのかを、彼らが黒澤監督から受けた影響を通して、彼が巨匠と呼ばれる所以を検証して行きましょう。

 

スティーヴン・スピルバーグ監督

『ジョーズ』、『E.T.』、『インディ・ジョーンズ』など、多くのビッグタイトルを多く手がけるスティーヴン・スピルバーグ監督。

スティーヴン・スピルバーグ監督は、自身が映画を撮影する前には『七人の侍』を鑑賞して、自身の士気を高めてから映画の撮影現場に向かうと述べています。

スティーヴン・スピルバーグ監督の作品の中では、黒澤作品を題材にした表現も見受けられます。

その一つとして有名なのが、モノクロの映像の中、少女の服だけを鮮やかな赤で表現したシーンがある『シンドラーのリスト』です。これは『天国と地獄』の表現方法を引用したと言われ、ファンの間では有名な話です。

その他にも『影武者』の演出を『戦火の馬』の劇中の騎兵部隊のシーンで取り入れていることが分かります。

 

フランシス・フォード・コッポラ監督

『ゴッドファーザー』や『地獄の黙示録』で知られているフランシス・フォード・コッポラ監督。

『ゴッドファーザー』シリーズの第1作目『ゴッドファーザーⅠ』の冒頭の結婚式は『悪い奴ほどよく眠る』のシーンを元に制作されました。

この作品の監督であるフランシス・フォード・コッポラは、代表作の中で大胆にも、黒澤明監督の映画をオマージュしています。

 

ジョージ・ルーカス監督

『スターウォーズ・シリーズ』の元祖として知られるジョージ・ルーカス監督。

監督として『隠し砦の三悪人』から着想を得て、『スター・ウォーズ』のプロットと、劇中に登場するキャラクターのC-3P0とR2-D2のアイディアを制作しました。

また『七人の侍』の勘兵衛をモチーフとしてキャラクター、ヨーダを制作したと言われています。

 

ピーター・ジャクソン監督

『ロード・オブ・ザ・リング・シリーズ』や『ホビット・シリーズ』の監督として名高いピーター・ジャクソン監督。

ピーター・ジャクソンが手がけた有名作品『ロード・オブ・ザ・リング・シリーズ』の2作目、『ロード・オブ・ザ・リング/二つの塔』の合戦シーンでレゴラスが披露する弓技が、映画『七人の侍』の戦闘シーンの官兵衛を真似たものだと言われています。

ジャクソン監督は、黒澤作品の熱心なファンとして知られています。

 

マーティン・スコセッシ監督

『タクシードライバー』や『ディパーテッド』、最近では『沈黙-サイレンス-』の監督として著名なマーティン・スコセッシ監督。

学生時代に日本映画を熱心に鑑賞し、その後それをきっかけに監督を志したことで良く知られているマーティン・スコセッシも、偉大な映画監督であり、昔からの黒澤監督のファンの一人です。

彼は監督としてデビューしてから、黒澤監督の『夢』で役者として、黒澤監督本人からのラブコールにより、画家のゴッホ役を熱演。役者として『夢』に参加しました。

 

クリント・イーストウッド監督

映画俳優として、そして映画俳優として活躍するクリント・イーストウッド。

クリント・イーストウッド。といえば、『ダーティー・ハリー』のイメージが強いですね。

そのクリント・イーストウッドを一躍有名にしたのは、『荒野の用心棒』でした。

『荒野の用心棒』といえば、黒澤明監督の『用心棒』をリメイクした作品であることは有名な話ですね。

『荒野の用心棒』はクリント・イーストウッドの転機となった作品であり、黒澤監督の『用心棒』は間接的に、彼の人生を変えたといっても過言ではありません。

クリント・イーストウッドは、その後、数々の名作を生み出しています。

イーストウッドは、自身のキャリアの原点として黒澤明監督の名前を挙げており、彼に深い感謝を述べています。

黒澤監督の『夢』がカンヌ国際映画祭で上映された際、黒澤監督と会ったイーストウッドは、『黒澤監督無しでは、今の私はなかった』と深い感謝の言葉を直接伝えられたそうです。

 

 

黒澤明から影響を受けた日本の映画監督

 

日本にも黒澤明から影響を受けた多くの映画監督がいます。

この記事では、代表的な2名をご紹介します。

 

宮崎駿監督

アニメ映画という少し分野の違う場所でも、黒澤監督の映画を敬愛する人が居ます。

宮崎駿さんは、日本アニメ映画を世界的なものにした監督の一人として知られています。

宮崎さんは、黒澤監督の作品を、自身が作品作りをする上で参考にしています。

宮崎さんは、『夢』の田舎の描写とラストの川のシーンに感銘を受けたと述べており、『ハウルの動く城』の中では、『蜘蛛巣城』の冒頭シーンを真似ました。

このように、影響は宮崎監督の映画の中からも見受けることができます。

 

北野武監督

日本人の映画監督として、黒澤監督と共に世界的に有名な監督の一人である北野武監督。

バイオレンス映画の監督としてよく知られています。

日本では『ビートたけし』の芸名でも知られ、国内ではコメディアンとしてのほうが有名ですが、世界的にはバイオレンス映画の北野武監督として有名です。

昔、北野監督が『デルス・ウザーラ』を黒澤監督の最高傑作だと述べており、同作の色味を参考にしているとも発言していました。

また、自身の作品で『デルス・ウザーラ』の色調を出せないかと考えているとも述べていました。

黒澤明監督と北野武監督は、世代を超え、お互いにリスペクトし合っていたようです。

世界を相手に映画を作るもの同士として、何か似たものを感じ合っていたのかもしれません。

 

令和を生きる私たちと黒澤監督の映画

 

黒澤明監督の映画は、現在でも国内外を問わず、映画業界に多大な影響を与え続けています。

彼は生涯を通し多くの監督作を発表しましたが、彼の制作した映画を題材とした、新作やオマージュの話題は未だに尽きません。

黒澤明監督は、今もなお時代を超えて、見る人々の心をことごとく虜にしています。

ここに挙げた例は、一部でしかありませんが、彼を敬愛する監督たちが、黒澤監督の作品を題材に別作品を作ったり、彼の作品を引用したりして新たな作品を作っていることが分かりますし、様々な形でその作品が影響を与えていることが分かります。

勿論、これだけ有名な監督たちに愛され続ける黒澤映画は、他の分野においても、その影響は計り知れないものです。

私たちが普段見ている娯楽作品の中の、もっと些細な部分でみればさらに膨大な影響箇所が見受けられることでしょう。

黒澤映画の影響は、既に私たちが普段目にしている映画の根っこの部分にまで浸透しており、気付かぬうちに彼の影響を受けた作品を鑑賞しています。

令和の時代になっても、私たちの気づかないところで、『世界のクロサワ』の作品は世界中に影響を与え続けるでしょう。

さて、令和といえば、令和2年(2020年)開催の東京オリンピックですね!

1964年に開催された第1回目の東京オリンピックの記録映画は市川 崑氏が監督を務めましたが、実は黒澤明監督が監督を務める予定だったそうです。

黒澤明監督が東京オリンピックの記録映画のメガホンを握っていたら、凄い作品になっていたでしょうね!

 

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この記事を書いた人

名前:どっとTokyo

《簡単な自己紹介》
黒澤明の映画フリークのどっとTokyoです。
今でも節目、節目で黒澤作品を鑑賞しています!
ちなみに、私が選ぶ黒澤明監督の映画でトップ3は『椿三十郎』『用心棒』『蜘蛛巣城』です。