この記事では元力士の貴ノ富士(現在はスダリオ剛)のプロフィールや、力士を引退した理由、現在のリングネームの由来などについてお話します。


貴ノ富士はかつて力士として活躍しており、190cmという長身で恵まれた体格で豪快な相撲を見せていました。

力士としての最高位は西十両5枚目で、それから後々お話する2度の暴行事件をきっかけに書類送検、果ては力士を引退する事態となりました。


現在は総合格闘家に転身、「スダリオ剛」のリングネームでRIZINデビューを果たしました。

以下、貴ノ富士時代のエピソードや現在の状況などについてお届けします。

貴ノ富士のプロフィール

ここでは貴ノ富士の簡単なプロフィールについてご紹介します。

四股名 貴公俊 剛 → 貴ノ富士 三造
本名 上山剛(かみやま つよし)
生年月日 1997年5月13日
出身地 栃木県小山市
血液型 O型
身長/体重 190cm/157kg(大相撲時代)、115kg(現在)
趣味 トレーニング、音楽鑑賞
所属部屋 貴乃花部屋 → 千賀ノ浦部屋
最高位 西十両5枚目
大相撲戦績 165勝112敗28休

最初から貴ノ富士という四股名ではなく、貴乃花部屋にいた頃は貴公俊(たかよしとし)でした。それから千賀ノ浦部屋に移籍してから貴ノ富士に改名しています。

また貴ノ富士の家族構成は父親、母親、貴ノ富士、弟の貴源治の4人家族です。弟の貴源治も力士です。

貴ノ富士の弟も力士(貴源治)

貴ノ富士には双子の弟・貴源治(たかげんじ)がいます。貴源治もまた大相撲力士で、本名は上山賢(かみやま さとし)です。

貴源治は191cmで170kgという、現役時代の貴ノ富士以上の巨漢の持ち主です。

貴ノ富士と貴源治は史上19組目の兄弟関取となり、また双子の兄弟関取は史上初ということで、当時の相撲ファンからも注目されていました。

貴ノ富士の力士引退理由とは

貴ノ富士は中学3年生の時に貴乃花部屋に体験入門し、その後正式に入門、力士として活躍していました。

しかし貴ノ富士は2度に渡る暴行事件を起こしたことで相撲協会からも見限られ、最終的には結局引退することとなりました。

一体貴ノ富士は当時何をやらかしたのか、過去2度の暴行事件について詳しくお話します。

貴ノ富士の暴行事件その1

貴ノ富士が新十両昇進した後、当時貴ノ富士の付き人だった貴西龍に暴行を加えるという事件が発生します。理由は「連絡ミス」だったそうです。

この貴ノ富士の暴行により貴西龍は顔面打撲や口内裂傷の怪我を負いました。


これを受けて当時の親方の貴乃花は貴ノ富士に謹慎処分を言い渡し、さらに相撲協会理事会で「1場所の出場停止」が決まりました。


さらに貴ノ富士はこの事件をきっかけに貴乃花部屋から千賀ノ浦部屋に移籍し、出場停止が解けた後の復帰の土俵では好成績を残していました。

貴ノ富士の暴行事件その2

新天地で活躍していたのも束の間、貴ノ富士は2度めの暴行事件を起こしてしまいます。

2度目の暴行事件についてもやはり相手は付け人です。貴ノ富士は当時の付け人の頭を殴るなどの暴行を加えました。

貴ノ富士の暴行を受け、被害者の力士は部屋を飛び出して行方をくらまし、師匠の千賀ノ浦が被害者力士に連絡をとって、この件が明るみに出ました。


当然貴ノ富士は処分を受けることとなり、何より2回目の暴行事件なので相撲協会も黙ってはいません。

千賀ノ浦親方が協会に報告した時点で、協会内では解雇も含めて処分を検討していました。

貴ノ富士が引退届を提出するまでの背景

二度目の暴力事件ということで、相撲協会はコンプライアンス委員会にこの件の調査を依頼しました。

もうこの辺りから暗に貴ノ富士は引退を勧告されている状態でしたが、貴ノ富士はスポーツ庁に上申書を提出、その後は相撲協会に「寛大な処分」を求める要望書を提出しました。

このとき、貴ノ富士にも弁護士がついており、引退するかしないか、貴ノ富士と協会側とでやりとりがおよそ1ヶ月間続きました。


結局貴ノ富士には相撲協会から「自主引退」を促され、2019年10月11日に相撲協会に引退を届け出ました。

貴ノ富士は力士引退後に総合格闘技へ

貴ノ富士は当時22歳という若さで大相撲を引退し、その後は表舞台に出てきていませんでした。

しかしながら2020年7月7日に共同通信から「総合格闘家に転向」という報道がされ、俄然注目が集まります。


まだ若い貴ノ富士は大相撲引退後、周りの人達に勧められて格闘家の道を歩み始めました。

体重は力士の時代は160kg近くありましたが、そこから115kg前後まで絞り、更にリングネームを「スダリオ剛」としてRIZINのリングでデビューしました。

やはり元力士ということもあり、注目度も抜群でしたね。

貴ノ富士のリングネーム「スダリオ剛」の由来

ところで貴ノ富士の総合格闘家としてのリングネーム「スダリオ剛」ですが、珍しいリングネームなので理由や由来がネット上で話題になっていました。

これはどんな由来で命名したのかと言うと、貴ノ富士の母親は「スダリオ」という名前のフィリピン人で、ここから名前を取ってスダリオ、更に自身の本名・上山剛と合わせてこのリングネームとなりました。


ちなみにスダリオ剛の命名の由来や理由はこちらの記事にも詳細が書かれています。
スダリオ剛のリングネームの由来や理由は?

スダリオ剛のRIZINデビュー戦の結果

9月27日にRIZINの試合が組まれ、スダリオ剛はここでRIZINデビューを果たしました。


スダリオ剛のデビュー戦の相手はニュージーランドランドのプロレスラー、ディラン・ジェイムスです。中軽量級が中心だったカードの中で、一組だけ異質だったのがこのカードです笑

何しろスダリオ剛は190cmで115kg、ディラン・ジェイムスも195cmで115kgというド迫力のヘビー級対決だったからです。


試合はスダリオ剛が試合開始から見事な攻めを見せ、見事に1RでTKO勝ちを収めました。

ディラン・ジェイムスもスダリオ剛のパウンドや恐ろしい膝蹴りなども耐えきり、1R目は終えました。

しかし結局ディラン・ジェイムスのダメージが深すぎて続行不能となり、スダリオ剛のTKO勝ちとなりました。

まとめ

今回は元力士の貴ノ富士、現在は総合格闘家のスダリオ剛のプロフィールや力士引退の理由、総合格闘家としての最近の動向などについてお話しました。

力士時代に暴行事件を2度も起こし、2度目の時は世間全体が貴ノ富士を許さない空気でした。


先輩力士が付け人や後輩力士をいびったり叩いたり、というのは何とも悪しき慣習ですね(-_-;)

それでもまだ若い貴ノ富士、現スダリオ剛がもう一度表舞台に立てるチャンスを掴んだのは素晴らしいことだと思います。


力士で不完全燃焼で終わった分、今後もRIZINなどで総合格闘家として、スダリオ剛として頑張ってほしいです。


この記事を書いた人

安藤
日々のニュースを幅広くご紹介しながら解説しています。